クリスマスに雪が降るのを、神楽はドラマ以外で見たことがない。そのかわり、冬は空が透き通っているので星がきらきらと輝くということを、彼女は知っている。たくさんの星座がかぶき町の空を埋めていた。彼女は窓から顔をのぞかせるが、オリオン座、しかわからないので、ひたすらその7つの星を凝視する。冷たい風が神楽の耳をあかくそめた。冬の寒さを感じると、ぴんと背筋がのびてしまう。

「星、見える?」
新八がグラスをふたつ持って神楽の横にたった。顔をかたむけ空へ目を向けるが、彼もまた、オリオン座しか知らない。神楽は頷いて先ほどの返事とするが、目は新八が持つグラスに釘付けだ。
「なあに、それ」
「シャンパンだよ」
って言っても子供用のなんだけどね。新八は笑って神楽にグラスを差し出した。よくこの家にこんなものがあったなと思わせるような洒落たグラス。もしかしたら彼がこのためにわざわざ購入したのかもしれない。神楽は少し緊張しながらそれを受け取った。薄い硝子の中では、泡が ぱちぱち とのぼり、そして消え続けていて、ただ純粋に美しい。呼吸のようだと思った。
「銀ちゃんは待たなくていいアルか?」
「これ、銀さんには内緒で買ったんだ。だから帰ってくる前に飲んじゃおう」
新八は自分の口許で、左手の人指し指をたてた。神楽はそれを見てつい嬉しくなってしまう。だって私たちは、何よりも秘密を愛する年頃なのだ。
グラスを軽くあわせ、ふたりはシャンパンを口に運ぶ。人工的で、酸味の強い味が、口の中にひろがった。ぱちぱちと気泡がはじける。もしかしたらこれが大人の味かもしれない。神楽にとってはじめての大人の味。子供用でこれなのだから、本物のシャンパンだったらどうなるのだろうか。毒、を連想させる。
大人はつよい。だってお酒をあんな美味しそうに飲み込むのだから。


クリスマスにはごちそうが食べられるということを、神楽はよく知っていた。テーブルには安売りしていたフライドチキンが並べてあり、台所ではシチューがことこと と火にかけられていて、神楽がデコレートしたクリスマスケーキは冷蔵庫で出番を待ち構えている。それらは、何だかこの家には似合わず、所在なさげにしているようだ。
本当は今頃、楽しい夕食だったはずなのに。神楽はそう思いながら再びシャンパンを口にした。昼過ぎに、銀時が急に仕事が入り、出かけたきりなのだ。
「もうそろそろ帰ってくるはずだけど」
新八が時計をみて呟く。二人は銀時を待つが、腹の限界は近そうだ。
「全く。何をノロノロとやってるアルかあのマダオ。クリスマスくらい、早く帰ってこいや」
「まあまあ。仕方ないよ。仕事だもの」
だけど、と続けようとして神楽は口を噤む。まるで口うるさい恋人のようだと思い少し笑った。仕事と私、どっちが大事なの?という、夏に3人でみたドラマの中のセリフが神楽の頭をかけめぐる。今度、銀時に聞いてみようかと思った神楽は、胸がすーんと、おちていくのを感じた。銀時は何と答えるだろうか?見返りを求めているわけではないが、私達がこんなに待ちわびている彼は、私たちのことを選んでくれるだろうか。ぐるぐる、と頭の中を駆け巡る感情。シャンパンのせいかもしれない。
心配そうで、でも少し呆れているようにも見える新八の目の中に神楽がうつりこむ。彼の目は美しい。眼鏡などとってしまえばいいのにと神楽は思う。
「でも、僕らが待ってるんだから、銀さんは早く帰ってくるべきだよね」
「…うん、私たちが待ってるのヨ」
銀さんったらしあわせものだね、と新八が言うので神楽は笑って頷いた。ここでは、サンタクロースよりもあの駄目人間が望まれているのだ。2人のこどもたちは、強い大人のかえりを待つ。少しの期待と、そして不安と戦いながら。


「銀ちゃん遅いアルね」
「そうだね」
新八が再びちらりと時計を見た。時間がゆっくりと流れている。
神楽は窓の外に手をのばし、そのまま飲みかけのシャンパンを窓の外へ流した。輝くネオンを映し、カラフルな天の川のようだ。きらきらと輝きながら、一瞬で消えていく。愛しいと感じるものが、神楽の中でまたひとつ増えた。グラスの中の液体が全て流れたのを確認して、神楽は新八に微笑みかける。新八も続いて、シャンパンを外へ流した。
「あんまり、美味しくなかったね」
「私たちにはまだなのヨ」
二人で目をあわせて笑う。もう少し、こどものままでいようと神楽は思った。まだまだ、甘えたいさかりなのだ。はやく大人になりたい気持ちもあるけれど、自分はまだ強くない。そして、まだまだサンタクロースからのプレゼントを期待しているのだ。
こどもたちはまだ何もしらない。フライドチキンがさめきってしまったことも、クリスマスイブがまだまだ長いことも、玄関にカラフルな包装の箱を置いている銀時のことも