神楽は自らの小さい手におかれた、小さなあめだまをじいっと見つめている。あか、みどり、きいろ。薄く彩られたまんまるは、儚くて、やさしい。足元には、その儚さとやさしさがたくさんつまったビンがおかれ、じっと息をひそめていた。 神楽の隣で陸奥はそれを口の中で転がしている。今にも消えてしまいそうな薄いソーダの味は、彼女にぼんやりとこの三年間を思い出させた。それが、感慨深い、という感情なのだということを、陸奥はしらない。 「ここにいたのね」 ぎい、と古びたドアをあけ、妙はにっこりと微笑む表情を二人にみせた。彼女に手をひかれ、あやめも続けて屋上へと足を踏み入れる。短いスカートからつきでた足が少し震え、いまだおわらない冬を伝えた。 「猿飛、どうしたんじゃその…」 陸奥が問うのを遮るように、妙が人差し指をたて、自らのくちもとにもってくる。意志の強い視線が陸奥をとらえた。それは、素早い動作のはずなのに、ゆっくり、上品に感じさせる。 猿飛あやめは、大粒のなみだを、ぽろぽろと流していた。涙は宝石のように輝いて、おちてゆく。あやめの目元は真赤に染まっている。いつだって、うつくしいものをうみだすには、たくさんの代償が必要なのだ。 「…せんせいがひどいの」 「銀八がどうした?」 「もうすぐお前も卒業だなって、いうのよ」 神楽も陸奥も唖然として口をひらき、妙は困ったように微笑む。あやめの涙はゆるやかな曲線を描く頬をつたい、地面におちていく。そこに染みをつくって、そしていつかかわいてきえていってしまう。 「…さっちゃん、それ、当たり前のことヨ」 「当たり前だけど…だけどね、私だってわかっていたの、でも、それを口にされてしまうと、急に現実味をましてしまって、…一生の別れじゃないのにね、でも、卒業したらもう全部おわっちゃうことが、すごく、すごく、かなしくって。それなのに先生、今までみせたこともないような表情するの。やさしく、微笑むのよ」 うう、と再びあやめの目からなみだがこぼれる。仕方のない子でしょう?妙が微笑みながら、あやめの身体をひきよせた。彼女が想いをよせる、あの男も、同じように笑ったのだろうか。 陸奥はどこかで、あやめを羨ましく思う。彼女は美しいいきものだ。素直に自分のきもちをあらわせて、純粋に人をすきになり、途方にくれてしまっている。愛おしいなあ。彼女をそう思うのは、陸奥だけではなく、神楽や妙も一緒だった。そしてそれは、きっと彼も同じなのだろう。恋愛は難しい。愛おしいだけでは、駄目なのだ。 あしもとにおかれたビンを持ち、神楽はあやめに近づく。背伸びをして、ぎゅう、と、あやめを抱きしめた。からだのやわらかさとあたたかさに、一瞬どきりとするが、神楽はそれを表に出そうとはしない。うええん。あやめが、声をあげて、泣く。陸奥は少し離れた場所からそれをみている。かみさま。彼女は思う。かみさま、お願いだから、ずうっと、このままで、いさせてあげて。 あやめから身体をはなすと、神楽は彼女の口にきいろいあめだまを含ませ、あかいあめだまを妙に手渡す。びんづめの中からまたひとつ、ひとつとそれが消えていく。美しいこどもたちの口のなかで、雪のように、とけていくのだ。 「まあ神楽ちゃん。かわいいあめだまね」 「これを、全部なくなるころ、さよならネ」 神楽はにっこりと、笑った。陸奥は表情をかえない。相変わらずあやめはめそめそとしたままで、妙は驚いたように目を大きく見開き、けれどすぐに微笑んだ。じんわり、妙のなかに何かが浮かんでくるが、それを隠すようにあめだまを口にふくめる。薄く赤いそれは、桜のようだった。私達の卒業式に、桜は咲くかしら。彼女はどこかで考えている。 四人はだまって、ぼんやりとしている。ぼんやりとしながら、それぞれしっかりと違うことを考えていた。女はおそろしい。実際にしている行動とは別の次元に意識をおくことができるのだ。あめだまは、無言になるためのいいわけにすぎない。いいわけをするのは、うしろめたいことがあるときだけなのだ。一足先にあめだまをなめはじめていた陸奥の口の中から、もうすぐそれは消えてしまいそうだった。彼女は、何か、口をひらかなくてはいけない。陸奥は決心したように、最後のそれをじゃりじゃり、と噛んで、すべてに終止符をうつ。 (愛するということ) 神楽・陸奥・妙・あやめ 2008.03.22 -------------- いつかおわるんだろうなあ〜というぼんやりとしたのが好きなので、卒業ねたって難しいです やっぱりこんかいも中途半端に… りくえすとありがとうございました! |