はじめて局中法度を見たとき、沖田は恥ずかしさで死にそうになった。顔が赤くなることや、逃げ出すことはなかったが、ひゃあ、という奇妙な声を一言あげてしまうほどだったのだ。周りの隊士が嬉々として局中法度を指差し会話を弾ませる姿、満足気に笑う近藤やその隣にたつ土方。自分はそのどれにも属さず、浮いてしまっていると思った。以前、土方に言われた言葉―俺とお前は違う、お前は侍の子だ―が頭をかすめる。そんなことをいつまでもくよくよと気にしているから、土方さん、あんたは百姓のままなんですぜ。和気藹々とするその場から離れ、沖田はひとり庭へ出た。乾いた寒い風が体温を奪っている。全てを蹴散らすように、刀を強い力で握った。近藤にどこまでもついていこうと決めてしまった自分を、沖田は少しだけ呪う。それはつまり、あの憎たらしい男にもついていくということなのだ。


そう、それは何年も前のことのようだ。廊下にはられた局中法度を、沖田はそっと指でなぞる。士道、そして切腹。相変わらずだっせーの。その文字を叩き、沖田は廊下を進む。感傷にひたるなど、彼には考えられないことだ。
土方の侍への思いは、同調過剰に近い。それに成りきることによって、百姓という身分を消し去ろうとしているのかもしれない。ひどい劣等感が、あの男のまわりを取り囲んでいる。うっとおしいので、沖田は土方を早く殺してしまいたいと何度も思った。今のところ、全て失敗に終わっている。

いきついた部屋の襖をあけても、その部屋の主の土方は何の反応もしないまま書類に目を通し続けている。沖田はそのままどすどすと部屋へ入り、土方の横へ腰掛けた。横から書類をのぞきこむと、土方は嫌そうながらもやっと反応をみせる。

「総悟、見廻りはどうした」
「もう終わらせてきやした。今日も江戸の町は平和でさァ」

真選組の出番なんぞありやせん。沖田は目の前においてある煎餅に手を伸ばし、口に運んだ。土方はじろりと沖田をみたあと、すぐに目線を書類に戻してしまう。
土方の目の下には隈が刻まれている。そういえばここ最近山崎も見かけないし、また何か、大きな捕り物でもあるのだろう。確かに真選組は田舎の百姓らしい芋集団だが、仕事は誰にも負けない。それだけでいいのになあ。口の中で、飲み込んでいない煎餅がふやけていく。

沖田は、以前山崎に言われたことを思い出している。「確かに俺も、あの隊則はひどい同調過剰だなあと思いましたけど」局中法度について話したときだ。「沖田さんは、ただ、副長をせめる理由としてむりやり当てはめてるんじゃないですか?」酒の力はすごい。普段の山崎なら、絶対こんなことは言わないし、沖田だって、こんなことを言わせない。「だって、俺も沖田さんも、あの隊則に拘束されてしまってるじゃないですか」

この男はきっと、侍に対してひどい憧れと劣等感、そして嫌悪感を抱いているのだと思う。侍が皆 士道を守っているはずがないし、その逆の方が多いだろう。ほとんどが刀を捨て、天人に頭を下げている。そんなのよりは、汗水たらして働き、美味しい米をつくる百姓の方が、沖田は美しいと思うし、自らの道を守っていると感じる。潔癖、という言葉が頭に浮かんだ。きっと真選組は潔癖集団なのだ。土方も、そして自分も含め。
しかし沖田はまだそれに気がつかないことにする。土方を殺すための新しい口実が見つかるまでは。先ほど触れた隊規の感触を思い出しながら、沖田は自らの刀に手をのばす。





(交わる)
沖田
2007.12.01
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身分にこだわる土方と、そんなのどうでもいいのになあと思う沖田
名前さえも影響力のひとつだと考えてしまう土方と、それより腕がたてばいいでしょという沖田
百姓出身の土方と、侍の息子の沖田
でも結局、ふたりとも潔癖なまでに自分の信念を貫くので、同じ道を歩くのだと思います。
真選組は、みんな、愛すべき馬鹿でだいすきです