「俺は星座が嫌いだ」 高杉がそう言い放った時、陸奥は何よりも先に、坂本が悲しむな、と思った。そしてその後にようやく、こいつはまたへんちくりんなことを言う、と思考が働いた。にこにこ、と笑っていた坂本の顔はみるみるうちに表情をかえ、しょんぼり。陸奥の表情は変らない。高杉が星座が好きだろうが嫌いだろうが、陸奥にとってそれは感情を変化させる必要などない事項だ。 「ほれ見ろ、坂本がめんどくさいことになったき」 「そうかー高杉は星が嫌いか…ならわるいことしたぜよ…」 プラネタリウムに3人で並んで座っている。坂本を真ん中にして、右に陸奥、左に高杉。坂本はプラネタリウムの何を勘違いしたのかは知らないが、ポップコーンを腕にかかえている。陸奥も高杉もそれにちょくちょく手を伸ばしながら、坂本を挟んで会話する。 陸奥と高杉がプラネタリウムに連れてこられたのは、天文部の野外活動のためだ。天文部、と言っても望遠鏡を覗いたり簡易プラネタリウムをつくるのはもっぱら顧問の坂本だけで、高杉は地学教室で好き勝手本を読むだけだし、陸奥は最早何の活動もしていない。坂本の工作を後ろからのぞいたり、高杉とともに本を読んだり、暇そうにネットサーフィンをしたりしている。高杉と陸奥にとって、そこは南の島のような場所なのだ。安息の地。坂本のいる地学教室。それはまるで、安らかな眠りのような。 高杉は、ばーか、と坂本と陸奥を見る。陸奥の口元に、ポップコーンのかすがついているので、手をのばしてそれをとった。 「おめーはいい年して本当にめんどくさい奴だな…俺が嫌いなのは星座であって星は嫌いじゃない」 「…高杉、わしは難しいことはよくわからんき。星座と星は何か違うんか?」 「陸奥よ、それは全然違う。星はそれぞれの個体。星座はそれを先人が勝手にシステム化したもの」 高杉はシステム化されたものをひどく嫌う。自分がその枠に入り、拒絶されるのを怖れるのだろう。陸奥はそれを、否定も、肯定もしない。もちろん賛美もしないし非難もしない。坂本もだ。だから高杉は地学教室へ足を運ぶのだろうし、そこが南の島でもあるのだろう。 「俺は、かに座が蟹に見えたことは一度もない。蠍もだ。なのに誰かが先に決めたからといって、そのままの名前で呼び続けなきゃならねーのは嫌だ」 「わしはそもそもかに座もさそり座も形がわからん。カシオペア座ちゅうのくらいしか…あの形は好まんが」 「何でだよ」 「不完全だからじゃ」 陸奥はそういうと、ポップコーンを思い切り口に投げ入れた。唇が、塩のせいでしわしわとしはじめている。 陸奥に高杉の考えが全く理解できないように、高杉にも陸奥の考えが理解できない。(カシオペア座が不完全で好まない!?あれは不完全だから美しいのに!とは、高杉は口に出さない。)二人の考えを受け入れるのは、いつだって、坂本だけなのだ。 坂本は大きな声で笑い、二人の髪をぐしゃぐしゃ、と撫でた。ポップコーンを食べたままの手であることを陸奥は気がついたが何も言わなかった。 「おんしらはまっことおもしろいことを言うのォ。そういう感性は大事にせにゃあ、いかん」 わしは嬉しいぜよ、坂本は大きな声で笑う。 「だけど、システム化も不完全なものも、世の中には必要ぜよ」 その瞬間、高杉と陸奥は、絶望的にかけ離れている距離を感じた。坂本は、自分たちのような子供ではない。大人なのだ。彼は世界を知ってしまっている。 きっと、坂本は二人を待たないだろう。二人が依存していることを知っていてもなお、坂本は二人を置いていく。高杉が恥ずかしくなるような本心を伝えたとしても、陸奥が狂ったように泣いたとしても、坂本は今日のように笑い、手を振るのだ。なんて残酷で、美しい。坂本は、いつだって優しすぎる。二人が触れることを、決して許さない。 小さな音量でショパンの別れの曲が流れている。12の練習曲第3番ホ長調。高杉はいつかくる別れのことをぼんやりと考えた。曖昧すぎていまいち実感がわかなかったが、徐々にそれは近づいているのだ。坂本と陸奥はあいかわらずポップコーンを口にはこんでいる。誰も口を開かない。 場内が徐々に暗くなり始める。そういえば、ポップコーンの形は星に似ている。陸奥と高杉はほぼ同時にそれを思った。サングラスをかけたまま星を見るのはどんな気分なのだろう。高杉は坂本からサングラスを奪おうと思ったが、坂本の目にすでにサングラスはなかった。その隣で陸奥が似合いもしないサングラスをかけている。 (星を食べた日) 坂本と高杉と陸奥(3Z) 2007.10.13 -------------- 3Zでは、高杉も陸奥も、坂本にひどく依存していると思います。 坂本は、依存することや甘えることは許しても、決して自分をさわらせない人。 高杉も陸奥も、坂本のことを好きすぎて大切すぎて愛しすぎて、結局2人が付き合ってればいい。 ショパンの「別れの曲」はこの3人にほんとうにぴったり |