15:00
「はいはい〜銀さんのお帰りだよ〜」
銀時がそう言いながら玄関を開けても、中からは何の返事も返ってこなかった。部屋に入っても、そこはまるでも抜けの空で、自分が一人で暮らしていたときのことを思い出させる。おいおい、俺が仕事してきたっつーのにおめーらはどっか出かけちまったんですか、なんて独り言をつぶやきながら和室に入ると、新八も神楽も二人で横になって寝ていた。神楽には薄いタオルがかけられていて、新八はうちわを持ちっぱなしだ。おそらく、新八が神楽を寝かしつけていたのだろう。まるで母ちゃんみたいだな、と思いながら銀時はおみやげに買ってきたアイスを冷蔵庫にしまう。
新聞を読んだりテレビを見たりしていたが、どうにもこうにも暇なので、再び二人が眠る和室に戻った。神楽へタオルをかけなおし、新八のメガネをそっとはずした後、適当なタオルをかけてやってから、横へ腰掛ける。「おーい新ちゃん神楽ちゃ〜ん」声にだし、頬をぽんぽん、と軽く叩いても二人が起きる気配はなかった。無性に(そして柄にもなく)淋しくなり、銀時は新八の背中にぴたり、とくっついて寝転がる。「銀さんおみやげ買ってきてあげたのよ〜お前らの好きなアイス」セミの声が、上から降りかかってくるようだ。一人でいる孤独よりも、三人でいる孤独のほうがとてつもなく巨大だ、と銀時は思う。俺、女の子みたい。生理なのかしら。苦笑いしながら、銀時はゆっくり目を閉じ、早く二人が目覚めてくれることを祈った。


16:02
新八が目を覚ますと、左には神楽が、右には銀時が眠っていた。自らの記憶を思い出す。神楽ちゃんのことは寝かしつけていた途中に寝てしまったのかな…ていうか銀さん近!寝るならもうちょっと離れて寝てくださいよ…。むくり、と上半身を起こし、眼鏡を探した。そういえば、自分で外した記憶はない。眼鏡をかけながら、新八は起こさない程度の小声で、銀時に言う。「ありがとうございます、銀さん。おかえりなさい」
居間に出ると、銀時が脱ぎ捨てたらしい服が散らばっていた。全くいつまでたってもいい加減なんだからあの人は、等と思いながら、衣類に手を伸ばし、ゆっくりと畳む。外からはセミの鳴き声と、神楽ちゃんと同じ年くらいの子供たちの笑い声が聞こえている。あーあー、消音になってたから気がつかなかったけど、テレビもつけっぱなしじゃんか銀さん。見れば、テレビでは銀時と神楽の好きなドラマの再放送が流れている。新八は慌ててテープをセットし、録画ボタンを押した。テレビの電源を消し、ソファーに座ろうとすると、今度は新聞が散らかっている。いい加減イライラしながらも、几帳面にそれを畳む自分に、新八は苦笑してしまう。
和室に戻ると、二人は目を覚ますこともなく、すやすやと寝ていた。自分にかけられていたタオルを銀時にかけ、窓を開け、蚊取り線香に火をつける。拾ったうちわで神楽に微かな風を送る。銀時は、何度言っても物を散らかしっぱなしにするから、少しくらい暑い思いをしてもいいだろう。ふふ、と肘をついて笑う。何だかこの二人、親子みたいだ。寝顔がとっても似ているんだもの。夕食は何にしようかな。眼鏡を外し、新八は神楽の隣に寝転がる。


17:39
暑苦しい、と思って目を覚ますと、両隣にはむさくるしい男共がいて、神楽はあからさまに顔を歪めた。邪魔ヨ、といいながら神楽は起き上がり、居間へ向かう。居間では定春も寝ていて、この家に起きているのは自分ひとりだけだと思うと、淋しさなんかよりもとっても嬉しくなってしまって、うふふ、と声をだして笑ってしまった。冷蔵庫をあけ、麦茶を飲み干した。一息ついたところで散歩にいこうと、定春を揺りおこそうとしたが、かわいい顔をして眠っているのでやめにする。私ってなんて優しい女の子なんだろう!
そうすると、今度は手持ち無沙汰になってしまう。何か食べるものはないかと冷蔵庫をあさりに行くと、自分の大好きなスイカのアイスを発見した。よっしゃー!と思い早速封をあけようとするが、さっきまではなかったはずのバニラアイスと抹茶アイスが目にとまる。しばらく考えたが、神楽はアイスを元に戻した。急にあのむさくるしい男共が愛おしくなって、パタパタ、と足音をたてながら和室に戻る。
二人は相変わらず寝ていて、やっぱりむさくるしいままだけれど、神楽はとってもかわいいと思う。おしいれから大きめのタオルをもってきて、3人一緒に入れるようにそれをかける。これで本当の家族ネ。銀時の隣で、神楽は満足気に微笑んだ。窓の方を見ると、誰か(おそらく新八)がつけたであろう、蚊取り線香が控えめに煙を夕暮れ空へ放っている。蚊取り線香の香りが好きだ。夏にしか感じることの出来ない、あの香り。煙草とはまた違う、少し儚い煙。夏が終われば、さよならしてしまう、愛おしいもの。神楽は目を閉じ、全身でそれを感じる。


18:50
すっかり日も暮れてから、三人は奇妙で少し淋しい感覚になりながら、ほぼ同時に目を覚ました。銀時が散らかしていた物は全て綺麗に片付けられていて、新八だけがかけられていなかったはずのタオルにもちろん彼もおさまっていて、神楽が愛おしいと感じた蚊取り線香は、すでに灰になっていた。たくさん寝た日は、疲れがとれるだけじゃなくて、とってもかなしくなる。すっかり寝たりてしまって、ふわふわとしてしまうのだ。だからこそ、2人が隣にいてくれてよかった、と彼らはそれぞれ思う。「新八ィー、お腹すいたアル…」「じゃあつくるから、神楽ちゃんは散歩いって、銀さんはここ片付けてくださいね」「ほーい」「二人ともそれが終わったら、ピン子さんの再放送撮っておいたんで見てていいですよ」「マジでか!新八愛してるヨー銀ちゃんが買ってきてくれたアイス食べて待ってるネ!」「おー新八愛してる愛してる」「はいはい僕も2人のこと愛してますよ」





(愛くるしい)
よろず屋
2007.8.23
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銀ちゃんはひとりになるのが本当に怖いと思っている。
新八はよろず屋が日常だけど、家族だとは自覚していない。
神楽は何にでも愛おしさを感じられる。(女の子の特権!)
よろず屋の共通点って孤独だと思います。新八にはお妙さんいたけどね。