仕事で1ヶ月屯所を離れている間に、同期が一人切腹させられていた。もちろん俺がそれを知ったのは帰ってきてからだ。すでに簡単な葬儀は済ませられていて、彼の話題は最早「時代遅れ」な事柄になっている。飛びぬけて親しいわけではなかったが、同期なだけあってたくさん話を交わした気がする。故郷の、特に母親の話をすると、笑顔で目が細くなるような男だった。愛情を全身から溢れさせているところが、何だかくすぐったくて、山崎は彼と話すことが好きだった。

花屋で黄色の菊を買い、墓参りへ向かう。天人がきて少ししてから徐々におかしくなっていったが、6月でこの暑さは異常だと山崎は思う。腕で額の汗をぬぐい、坂をのぼる。顔を上にあげると蜃気楼が見えて、ぞっとした。何もかもが狂っていると思う。この気象も、坂の上に墓があることも、少しよれてしまった菊の花も、自分も、真選組も、何もかも全てが。
墓についた頃には、山崎は汗だくになっていた。山崎と同じくらい体力を消耗したらしい菊の花を供え、墓を少し洗ってから手を合わせる。暑さのせいだろうか。昨日まですぐに思い浮かんでいたはずの彼の笑顔に、もやがかかっているようだ。こうして自分は一人ひとりと、仲間を忘れていくのだろう。


「あっちでも、笑えてるのかねェ」

山崎がびくっとして振り返るとそこには沖田が立っていた。このクソ暑い中、律儀にも隊服を着ている。もしかしたら、市内巡回中なのかもしれない。なぜここに沖田が、と一瞬思うが、その考えはすぐに打ち消された。確か、目の前で眠るこの男は、一番隊に所属していたはずだ。沖田は山崎を見おろし、口を開く。

「よお、久しぶりじゃねェか」
「…沖田隊長、わざわざ気配消してこないでくださいよ。悪趣味です」
「気づかない山崎が悪い」

沖田は山崎の横にしゃがむ。手には一本のひまわりの花を手にしている。同じ黄色でも自分の備えた菊とは大違いだと思う。無造作にそのひまわりを墓前に置き、沖田は手を合わせるでもなく、じっと墓を見上げている。汗で身体中がべとべとになっている自分に対し、全く汗をかいていない沖田に気がついたとき、山崎はぞっとした。この男も、狂っている。

「鬼兵隊は1、快援隊は実質0」
「はい?」
「内輪で殺した人数でさァ」

山崎は沖田を見る。元々そうなのだが、表情からは何も読み取れない。沖田の目線の先には、墓を這う蟻の大群。手を伸ばし、沖田はそのうちの一匹を指で潰した。

「うちは、何人殺したんだろうなァ」

沖田が潰した蟻はもう動かない。
真選組の隊則は厳しいと言われる。最も、それを破る気のない山崎には、そうは感じられないが。ただ、武士であるということにとらわれすぎていると思う。切腹が潔いとでも思っているのだろうか。副長が、武士でいることに対して必死なのはひしひしと伝わってくる。そしてそうすることが、彼の本来の身分を肯定してしまっていることに、本人は気がついているのだろうか。
頬にぴた、と沖田の指が這う。人差し指をごしごしと、こすっているようだ。先ほど、蟻を潰した指だ。

「…もしかしてふいてるんですか」
「だっせえの」
「ちょっとアンタ、やめてくださいよ」
「ほんと、だっせェ」

沖田は目を閉じて、言う。「狂ってるよなァ、俺ら」蜃気楼がふたりをとり囲む。山崎はもう考えるのも面倒になって、沖田と同じように目を閉じた。狂っていようがなんだろうが、自分に残された道は、副長についていくしかないことを、山崎はよく自覚している。おかしいのは自分達か、この世界か。目に浮かぶのは、死んだこの男でも沖田でも土方でもなく、沖田が供えたひまわりだった。





(さよなら日常)
山崎と沖田
2007.7.20
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山崎も、沖田も、土方さえも、真選組のことを狂ってるって思っている、という話を書きたかったんだけど、
何だか最後にわからなくなっちゃいました…最早ひじかたでてこない…
自分がいちばんがっかりだ…