坂本辰馬という人間は少し変っている。興味のない人間には本当に適当な態度をとり、うわべだけの付き合いも簡単にできる。結局、坂本にとって彼らはどうでもいいのだ。その代わりと言ってはおかしいが、坂本には、自分と自分の大切な人間が幸せならば他は面倒なのでそれでいい、という、どこか自己中心的な考えがある。それでいて、大きな視野で世界を、宇宙をとらえているのだ。コイツはどこか矛盾していると陸奥はよく思う。その矛盾は嫌いではないが心地よいとも思わない。
その「自分の大切な人間」の対象には当たり前のように陸奥も含まれている。坂本は過保護だ。そして何よりも恐ろしい。もし陸奥が誰かに怪我でもさせられようものなら、加害者を殺しかねない勢いを兼ね備えている。そのくせに、場合によっては陸奥を見捨てることもできる。坂本のいう「大志」のために。結局のところ、坂本は中途半端なのだ。過保護にしろ、大志にしろ。どちらか片方に絞るのはもう少し時間がかかることを、陸奥は察している。自分も物好きな男についてきたものだ、と陸奥は苦笑せざるをえなかった。


「陸奥」

陸奥が振り向くと、ドアの前に坂本が立っていた。「何じゃ」陸奥が問う。坂本は答えずにズカズカと陸奥の部屋に足を踏み入れた。女子の部屋に勝手に入るななどとは言っても無駄である。坂本にとって、陸奥は女だ。だがそれ以前に陸奥は大切な存在だ。女性関係がだらしない坂本だが、自分の大切なものには絶対に手を出そうとはしなかった。坂本にとって、陸奥は女であり女ではないのだ。

「いかんか?」
「何がじゃ」
「特に用もなくおんしの部屋に来るのはいかんが?」

坂本はずるい。陸奥が断れないのを知っていてあえてその質問をするのだ。そして陸奥がこの質問に答える気が毛頭ないことも知っている。「陸奥」坂本が手招きをして陸奥を呼び寄せる。陸奥陸奥陸奥陸奥陸奥。坂本坂本坂本坂本坂本。お互いの口がその単語を発するのに一番ふさわしい口になっていることを二人はよく知っている。近づく陸奥に、坂本は覆いかぶさるようにして距離を縮めた。

「おんしは重いんじゃ」
「陸奥は落ち着くのう。ぬくいぬくい」
「また女子に振られたか?」
「アッハッハ。すまんすまん。そうがやない」

坂本が腕を伸ばし、ぎゅう、と力をこめて陸奥に抱きつく。陸奥はこれに反応しない。いつもどおりの仏頂面のままだ。お互いの気持ちなどとうの昔にわかっている。それでもふたりの関係に進展がないのは、坂本の矛盾した過保護のせいだろう。坂本は優しすぎるのだ。そして、陸奥はその優しさに縛られている。その関係は心地よくも心地悪くもない、生ぬるい夏に降る雨のようだ。陸奥は目を閉じる。「やっぱり陸奥が一番じゃ」ああ死ねおんしなど死んでしまえ。わしはおんしが死んでも泣かん。





(夏に降る雨)
坂陸奥
2006.9.15
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坂本は、女関係だらしなくてすぐに手を出しは捨てを繰り返しているのだけれど、一番大切な陸奥には手を出せないで中途半端な状態でいる。その過保護ともいえる中途半端さが、何よりも陸奥を傷つけていることに、気がつかないフリをする。
こういう、ちょっと人間くさい坂本が私は好きです。そして陸奥も。
原作よりの、全てを受け入れてる坂本もすごくすごく大好きです!