確かに思い返せば今日は嫌な日になりそうだったと、桂は控えめにため息をついた。朝目を覚ませばエリザベスはすでに外出していたし、占いでは最下位、家を出る瞬間に転び、蕎麦屋は臨時休業、真選組には追いかけら、そこから逃げてる途中にまた転び。そして今度は、目の前の男に首元へ刀を突きつけてられている。目の前の男はゆらりと立ち、にやりと口元を緩ませ、だけれども刀はしっかりとこちらへ向けられている。桂か男が一歩前に進めば、紅い血が道を汚すのは容易く想像できた。


「何の真似だ晋助」

沈黙を先に破ったのは桂だった。男――高杉晋助は顔を上げ、もう一度にやりと笑う。桂は、高杉の独特の笑い方が嫌いだった。「これを」左手で高杉は何かを投げ、それは桂のすぐ横にポトリと落ちる。首にリボンを巻きつけたずいぶんとかわいらしい熊のぬいぐるみだ。「これをお前に渡しにきた」月明かりが高杉を照らす。相変わらず血なまぐさい男だ。桂は顔を歪ませる。

「そんな顔すんじゃねーよ。せっかく届けにきてやったんだ。少しは楽しませてくれるんだろ?」
「生憎だが、俺は疲れているんだ。他を当たってくれ」
「相変わらずつれねーな、ヅラ」

「ヅラじゃない、桂だ」桂の変わらない返答に、高杉は再び口元を緩ませる。道に落ちた熊のぬいぐるみは間抜けそうな表情で宙を見ている。普段なら愛くるしいと思うであろうそれに、桂は全く愛着がわかなかった。

「女があーいうのをかわいいっていう理由を何だか知ってっか?」
「この状況でする質問ではないと思うが」
「でも俺は質問してるんだよ」
「…いや」
「本能でだよ。ガキができたときに愛情が注げるように何でもかんでも可愛いく感じるんだとさ」
「何が言いたい」

す、と桂の身体ぎりぎりを線を描くように刀の先が踊る。先ほどまで首元にあった刀は、桂の腹へと向けられていた。冗談じゃない。桂は下を向きながら、いらつきながら、高杉と同じようににやりと笑った。桂には、高杉が次に言う言葉がわかっている。

「ヅラァ、お前、子宮でもついてんじゃねえの?」




(羊水で泳ぐ)
桂と高杉
2006.8.4