パリン。ドン。ガシャン。
山崎がその音を聞いたのは、洗濯物を干しているときだった。白いシーツ。青い空。そしてあの音。その音の正体をわかりきっている山崎は、はぁ、と控えめにため息をついて、シーツのしわをピンと伸ばす。白すぎるシーツは目に眩しい。
結局山崎が音の方向――つまり自室へ向かったのは洗濯物を全て干し終わった後だった。今更慌てることはない。音の正体も、原因もわかっている。沖田の「アレ」は重症だ。

「これはまた」山崎は破れた障子を触る。「派手にやりましたねー沖田隊長」
障子は破れ、ガラスは割れ、物は散乱している。せめてもの救いは、書類をビリビリに破られなかったことだろうか。(書類を破かれると、土方に怒られるのは山崎なのだ。それだけは避けたい)。兎にも角にも、いまどき泥棒でもこんなに荒らしはしないだろう。
その荒れようのど真ん中に沖田は悠々と座っていた。自分がやったことを反省するわけでもなく、かと言って興奮状態にあるわけでもない。「山崎ィ」飄々とした表情を浮かべながら沖田は続ける。「茶」
「はいよ」山崎は部屋中に散乱した物を簡単に拾い集める。衣類。筆記用具。化粧品。調査用の資料。机の上にそれを載せて、急須を手に取った。その間も沖田は、山崎の動作をひとつひとつじっと見つめている。
コポコポコポ。
部屋に響くのはお茶を注ぐ音。苦い緑茶の香り。湯のみに落ちてゆく深緑。落ち着くはずのそれらが、全て沖田の視線によって破壊されてゆく。
甘やかしすぎだろうか。山崎は何度目かの自問をする。はじめて沖田が「コレ」をやったときのことをぼんやりと思い出した。山崎が緊急の書類を処理していたとき、沖田はいきなり部屋に入ってきて、散々に部屋を荒らしていった。驚いて固まっている山崎に、あの時も沖田は「山崎ィ、茶」と言ったのだった。沖田の「コレ」は女性の生理みたいなものだと認識したのは、何度か「コレ」を経験してからだった。山崎は沖田を叱ったことはない。

「実はお饅頭隠してあるんです。食べますか?」
「うん」
「2つしかないから皆には内緒ですよ」

人差し指をたてて、口の前にそえた。戸棚から、サランラップで封をしてある饅頭を取り出し、湯飲みとともに沖田の前へ並べた。「熱いですから注意してくださいね」沖田は頷いて、茶を熱そうに啜り、饅頭を口に入れる。

「甘い」
「そりゃあお饅頭ですから」
「山崎は、俺に甘い」

沖田が予想外のことを言うので、山崎は少し驚いて口から饅頭の欠片をポロリと落としてしまった。「汚ねェ」沖田はその欠片を自分の口に運んでもう一度言う。「やっぱり甘い」

破れた障子の隙間から、風が通り抜けてゆく。沖田の透き通る髪が揺れている。
サラリ。フワリ。ハワリ。
それは、あの白いシーツに似ていて少しだけ眩しい。







(優しい効果音)
山崎と沖田
2006.3.1