むくり、とまた子が起き上がっても、万斉は気にする様子もなく、ただそこに座っている。その目には何がみえているのだろうか。サングラスに隠された視線の先を、また子はみることができない。
「朝からそんなガチャガチャうるさい音楽、よく聞けるっスね」
「もう朝ではなく昼でござるよ」

(また子と万斉)




   *



「隊長、何してるんですか」
「スプーン曲げ」
「…」
「話かけんじゃねーぞ。今、集中してるところでさァ」
 元からとても変わった人ではあったけれど、とうとう頭があちらの国へいかれてしまったのだろうか。そんなことを気まずそうな顔をしながら考えていた山崎は、あ、とその原因を思いだす。そういえば昨晩、テレビでは有名なマジシャンの特集番組が放送されていて、屯所の談話室ではそれが流されていたのだった。おそらくそれに感化でもされたのだ。壊れたスプーンを手にした局長が女中に叱られていたのも、副長の部屋に不自然に置かれたスプーンがあったのも、おそらく同じ理由だろう。こいつらは本当に馬鹿だ。山崎は心から呆れてしまう。もっとも、ここに馬鹿以外は必要ないのかもしれないが。
 山崎は、大きめに、ため息をついた。
「どうでもいいですけどね、俺があんたに押し付けられた掃除ができないんでどいてくださいよ」

(沖田と山崎)




   *



 最悪だと、阿伏兎は炊飯器の前で座ったままぼんやりとそう考えていた。ふわあ、と大げさにあくびをして、白米が炊けるのを待っている。お腹がすいたんだ、とあまりに出来すぎた笑顔で微笑みながら阿伏兎のことを起こした神威は、気がつけばふらふらとどこかへ行ってしまった。これで万が一寝てでもしてたら一発殴る、などと考えながら、彼はもんやりとまどろむ眠気とたたかっている。
 うとうととし続けている彼の意識を覚ましたのは、神威の夜食の完成を告げる、ピー、という高い音だった。


(阿伏兎と神威)