「よ、死に損い」

弓親がドアの方を見ると不機嫌そうな表情(いつもだ)でカルテを持つ荻堂が立っていた。それが患者に対する態度なのかと弓親は苦笑する。荻堂の態度は、今まで弓親が出会った死神の中でも一二を争うくらいに悪い。

「心外だなあ。別に僕は死にたがってるわけじゃないけど」
「俺には死にたがってるようにしか見えないけど。月に何回くれば気が済むんだよ。おたくの人たち、うちの世話になりすぎ」

ブツブツと文句を言いながらも荻堂は弓親の治療に取り掛かった。なんだかんだいいつつも、荻堂の治療の腕には弓親も一目おいている。何事も無駄がなく正確で、芸術のような治療を施すのだ。さらに荻堂の思考には、賛同できるところできないところ、それぞれたくさんあるが、何しろ彼は頭がキレる。そういう死神と話すのが弓親は好きだった。残念ながら十一番隊にそういう死神はいない。

「そういえば、あんた修兵とやりあったんだって?」
「修兵?誰それ」
「九番隊の副隊長だよ。ほら、顔に69って刺青入れてる」
「ああ」

弓親は頷く。「あの趣味の悪い刺青ね。覚えてる覚えてる」そう言うと荻堂は「お前に趣味悪いって言われたらあいつもおしまいだな」と鼻で笑った。

「そのときの治療俺が担当だったんだけど、」
「ふーん、それで?」
「あれってどうやってやったんだよ?」
「内緒」

弓親は興味なさそうに自分の爪を眺めた。右手の人指し指の爪にヒビが入っている。最悪だ、と思った。
弓親の即答に対しあからさまに顔を歪めるかと思われた荻堂だったが、長年こうやって会話してるだけある。弓親の返事はある程度予測できていたようだった。一瞬動きを止めたものの、すぐに会話と治療を再開させる。

「あくまで俺の推測の話だけど、修兵に外から与えられた傷はほぼ皆無に等しかったから、お前は肉弾戦で勝つことはできなかった。まぁなんだかんだで修兵だって副隊長なんだし。だから、肉弾戦が終わった、またはその途中で与えたあるダメージに修兵はやられた、と。ここまでは当たってる?」
「いいから続けてみてよ」
「ではそのあるダメージとは何なのか。修兵がうちに運ばれてきた時、アイツは極度の疲労状態だった。しかも疲労っつっても脳の動きが鈍くなったわけではなくて、完璧に近い状態で働いてる。けど体は動かない。そこで俺が考えたのは脳からの指令をとめるようなことをしたのではないか、っていう仮定。ではそれをやる方法だけど、よく映画にあるような首のツボとかにそういうのがあるかっていうと、そんなの聞いたこともないし、他に考えてもそれが短時間でできるのは医学的立場から見てもない。となると、鬼道が考えられるけど、雛森副隊長だってそんなのできるか微妙なとこだろう。大体俺は鬼道にそんなことあるかとか知らないし。で、最終的に出した結論が、綾瀬川弓親の斬魂刀の能力にそれを可能にさせるんじゃないかってこと」

荻堂の推測は80%正解だった。弓親はクスクスと笑う。やはり頭のキレる男は違うなという感心からの笑いだ。当の荻堂はわけがわからない、という風に眉を歪める。

「何?当たってるのはずれてるの?」
「君の推測は素晴らしかったよ。もうそれだけでいいじゃない」
「…どーせ最初から教える気なかっただろ」
「僕がいつ本当を教えるって言った?」

満面の笑みで弓親がそう言うと、荻堂は「やられた」と笑みをこぼした。「確かにそうだ、今回は俺の負けだな」と荻堂は言うが、いつからこの対話が勝負になったのかを弓親は知らない。
真実はいつだって、謎めいているほうが美しい。弓親は改めてそう思った。







(対話篇)
弓親と荻堂
2006.3.1