ほら、とリジェネがティエリアに握らせたのは、ずっしりとした重みのある冷たい銃だった。力なくたれさげられたティエリアの細い指の一本一本を、それに絡ませさせると、リジェネは口元にゆるやかなカーブをえがいた。全てを見下すような、うっとりと自分を崇拝するような、それでいて、世界のなにものよりも美しくみえる、そんな微笑みだ。
「それで僕を撃ってみるんだ」
少しだけ首をかしげて、彼はティエリアにそんなことをいう。ゆっくりと顔をあげた少年の表情は憎しみにも悲しみにも染まっていなかった。揺れ動く瞳は、けれどリジェネのことをとらえてはなさない。
「ああ、銃弾ならちゃんと入ってるよ」
ずっと思い出せなかったことを突然思い出したこどもが無邪気に喜ぶように笑いながら、リジェネは再びティエリアの手を握った。そしてそれごと銃を天にむけ、何の迷いもなく引き金をひく。そこには、重くて、鋭い叫び声のような銃声がなりひびいた。「ね?」とリジェネは満面の笑みを浮かべる。
「・・何を、考えている」
ティエリアが思い出したかのように口を開き、そこから出された言葉は、やはり弱々しく彼のまわりへと墜落していくのだった。再びだらあんとたれさげられたティエリアの腕と、けれどそこから離れることのない銃をみながら、リジェネは再び言い放つ。歌うように、すきとおる声で。
「何を考えているかって?答えは何も考えていないさ。目的もないよ。だって君は、僕のことを撃つことができない、撃てるはずがないんだからね」
両手を拡げて、一歩、二歩と、ゆっくり後ろへさがっていくリジェネをティエリアはそのあかい目でみつめたままでいた。自分と同じDNAをもった、けれど決定的に違う存在。自らの体内にわきあがる嫌悪感と、浮遊感に、ティエリアは嘔吐してしまいそうになる。
「まさか使い方を知らない?それとも指の筋肉の動かしかたすらわからないのかなあ?」
ティエリアはリジェネの問いには答えない。答えられなかったのだ。口を開けば胃のなかから何かが逆流してくるのは目に見えている。彼は必死に身体中にふたをする。4時間前にとった食事が、彼を生かす美しい血が、叫び声が、恐怖心が、心臓が、流れいってしまわないようにと。 上下左右へと少年をひっぱりこもうとする世界にたえるように、ティエリアが下を向いていれば、「撃たないのかい?」と、リジェネから声がかけられる。ゆっくり顔をあげると、先ほどの笑顔がつるりと抜け落ちてしまった青年が、そこには立っているのだった。途端にティエリアを、激しい悪寒が襲う。標本のように無機質で、けれどあまりに美しく整いすぎてしまったその無表情は、いまにも立ちすくむ少年をとりこみ、殺してしまいそうなのだった。
ティエリアがゆっくりと、銃をリジェネへと向ける。手は震えてはいなかったが、しかし彼は身体中にびっしり汗をかいていた。つるりと、すべりおちてしまいそうな銃を、ティエリアは再度握り直した。彼に与えられた武器は、これしかないのだ。そして彼に残された道も、これしかないのだった。僕は僕を殺さなくてはならない。
リジェネは再び微笑む。「そう、そうだ。それでいいんだよティエリア」



一発目は彼の頭を狙った。しかしそれは、あまりに見当違いの方向へ撃ち込まれてしまう。その一連の動作の間、リジェネはぴくりとも動かないのだった。
落ち着けと、ティエリアが、そしてリジェネが念じる。ゆっくりと腕を伸ばし、今度は顔を狙う。まずはこの、薄気味悪くのせられた表情を破壊しなければならなかった。落ち着け、落ち着くんだ。
そうしてゆっくりと、しかし決意をこめて確実にひいた銃弾は、けれどリジェネの髪をかするだけなのだった。ぱらりと、紫の髪が散っていく。それが地面へと落ちた時、すべてが終わってしまったことを知った。
ティエリアは混乱していた。あの距離で、狙いで、外れるはずなどないのに。
「残念、あたらないね」
おしよせつづける少年の思考をとめるように、リジェネは言った。ティエリアを絶望が、リジェネを幸福がみたしていく。すっかりみちたりてしまった彼は、やはり美しい。
「でもまだ、終わらないんだよ」
終わらないのは銃弾なのか恐怖なのかそれ以外なのか、最早ティエリアにはわからないのだった。こうしなきゃだめかな、と、リジェネは再びティエリアに近づき、その銃口を自らの胸にあてる。僕の心臓、とやはり微笑みながら目を閉じた。瞼の裏しか見えていないリジェネにはティエリアの驚愕した―それでいて恐怖におびえるような―表情は見えていないはずだったのだが、それでもリジェネは挑発するように続ける。「これならいくら君でも外さないよね」
あまりに近すぎる距離で、互いが、互いの目にうつりこむ自分を見ていた。あわせ鏡の中の世界にいるような錯覚がティエリアのからだをみたしていく。銃を構えるのは自分で、リジェネで、引き金をひくのはティエリア・アーデで、リジェネ・レジェッタで、弾をうちこまれて死んでいくのは僕で、彼で。ちかちかと、頭の中を星屑が散っていった。
「僕の心臓を君にあげる」
耳元で、まるでそっと口付けをおとしていくように、リジェネはいうのだった。そして右手で、ティエリアの陶器のようにつるりとした肌を、すうと撫で上げる。
その瞬間、ティエリアは知ってしまった。すでに自分の心臓は、彼の手のひらにあるのだと。ばくばくばくと、まるで心臓が耳の中で脈打っているかのように、大きな音でからだを揺らす。もうなにも、聞きたくない。聞きたくないのだ。

「ああ、言い忘れてたんだけどね、」
続きはきけない。ティエリアがトリガーをひいた。
「その銃、弾は3発しか入ってないんだよ」




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(リジェネとティエリア/20081125)