静かに音をたててドアがあいたとき、まだ眠りについていなかったが、それでも俺は眠っているふりをした。眠る直前で身体が重たく億劫だったし、ノックもせずに尋ねてくる男―そんなことをする男はひとりしかいないのだが―の相手をするのが面倒だったし、何よりその男がどうやら酒を飲んでいるらしいというのが最大の理由だ。 「ティエリア?」 ロックオンはそういうとベッドの上にそっと腰掛けた。「なあ、寝ちゃったのか?」俺の髪に手をはわせながら、彼は続ける。ぱらぱらと、遊ぶように髪をさわる彼に部屋のロックの解除キーを教えてしまった自分を、俺は心底憎んだ。 数分間、彼はさわりたいだけ俺の髪をもてあそぶと、やがてそれにも飽きたようで手が離れていった。これで彼も諦めて立ち去るだろうと、深い眠りにつこうとすると、今度は頬にその細い指がふれるのだった。さらりと、俺の頬をすべりおちていく感触に、それが生身の手であることを知る。彼はあまり、手袋を外して俺にふれようとしない。 頬をすべりおちた指は、やがて唇にいきつき、そこを確かめるようにゆっくりとなぞっていった。それでも俺はまた眠るふりをする。酔っ払いのするイレギュラーなど、気にすることではないからだ。 ティエリア、と彼が再びそう言ったとき、その言葉を発した彼の唇はすでに俺の頬すれすれのところに到達していたのだった。小さな音をたてて頬に口付けると、そのまま彼は俺に覆いかぶさるようにして、それでいて器用に布団の中へと入り込んだ。彼の身体はとてもあつく、熱源が近づいてくるような感覚に、俺はつい眉をひそめてしまう。 「俺、お前に謝らなくちゃいけないんだよ」 彼は生身の手のまま、そっと俺の身体中をなぞっていく。まるで散歩するようにゆっくりと、それでいて幼いこどものように不安げに。唇をすぎたそれは、耳、首筋、鎖骨をなぞり、指を一本一本たしかめるように、たどっている。そしてその箇所に必ず唇をおとすのだった。そっと口付けて、そのまま、吸うことも舐めることもせずに、ただ、俺の身体と唇をふれあわせている。 「やさしいふりしてごめんな」 再び彼の唇が耳元に戻ってきたとき、ロックオンは俺の耳元で、確かにそう言ったのだった。今にも消えてしまいそうな小さな声で、けれど一文字一文字確かに、そう呟いた。やさしいふりしてごめんな。その言葉は、耳からだけでなく、全身の感覚を使って俺の脳に打撃を与えた。 「本当は俺、やさしくなんかないんだ」 やさしく言い聞かせるように言うのが、ロックオンの癖だった。意識しているのか無意識しているのかはしらないが、俺はそれが、虫唾の走るほど嫌いなのだ。 けれど、このとき俺は眉をひそめることも、いい加減にしろと怒鳴ることも、そのまま無視し続けることもできなかった。覆いかぶさっていた彼は、そのまま倒れこむように俺に抱きつき、そのままぐったりと項垂れたのだ。彼は本当に弱っている。ところ構わず俺のからだに口付けをしながら、ロックオンは泣いているようだった。 「だからお前も、俺を甘やかさないでくれ」 首元に顔をうずめた彼は、やはりそこにもゆっくりと口付けて、そんなことを言うのだった。弱い男だ。なんて、弱い男なのだろう。酒を飲んだくらいで、こんなに憔悴しきって、他人に許しをもとめている。俺はやはり、この男の、こういうところが嫌いだ。 甘やかさないことが、彼にとっての甘やかしなのだろう。だから今日はとことん甘やかそうと、俺は彼の背中をそっとさするのだった。それが非生産的なことだとも知っているし、くだらないことだということもわかっている。けれどこれはひとつの復讐なのだった。眠りにつきそうだったのにちょっかいを出され、すっかり目が覚めてしまったのだ。これくらいしても罰はあたらないはずだ。 俺が起きていることに気がついたらしい彼は、指をそっと衣服の中に這わせはじめている。俺はその、彼の細くて長い指をとって、そこにそっと口付けるのだった。夜はまだ長い。 worlds apart (ロクティエ/20081005) どうしても二期がはじまる前にナチュラルにできているロクティがかきたかったんです…けどティエ様がデレで…かいててとてもはずかしかった |