※一期後のはなしです



ふと、ベッドの中に気配を感じ、彼はその場でゆっくりと目を覚ました。布団の中に、自分とは違う固体が、じっと何かを待ち構えているような気がしたのだ。曖昧な暗闇のなかで目をこらしてみれば、やはりその中には何かがいるようなのであった。布団のふくらみは、自分のからだ分だけではない。それはするりと入り込んできて、そこから動かないままじっと息をひそめている。
不思議と恐怖心は感じなかった。むしろはじめから、彼はそれに何故だか懐かしさすら感じるのだ。愛おしいものへ抱く「それ」のような、自らの不幸をみつけたときの「それ」のような、そういう感情に、彼は包み始められている。布団のはしを指でつまみ、そっと中身をのぞきこめば、そこには久しく見かけていない、細い糸のような美しい金髪が、輝々とひかっていた。まるで神々しいもののように、きらきらとしている。沙慈はそれがすぐに、彼のいちばん愛しい人間のものだと、気がつくのだった。
ルイス、と、彼がそう口を開こうとしたとき、それまで微動だにしなかった彼女は、するすると動き始め、彼の腰へと自らの腕をまわしていく。右手で彼の背中に抱きつくように巻きつき、先のない左手は、彼の胸板へそっとおかれた。もう一度彼が彼女の名前を呼ぼうとしたとき、ルイスは突然わんわんと泣き出したのだった。ええん、おおおういおいおい、と、まるで子どもが何かを求め泣き叫ぶように。パジャマが彼女の涙でしっとりと、そしてぐっしょりと濡れていくのを沙慈は感じている。涙はやがて洪水となり、ふたりを飲み込んでいく。
沙慈はそっとからだを動かし、左手を彼女の美しい髪に、右手を左腕に重ねた。ルイスの髪は、昔とかわらず流れるようでいて、彼の指をさらりと滑りおちていく。短くなった髪を、彼は何度もすくいあげては、それに触れていた。
彼がやさしくゆっくりと、彼女の左腕に触れたとき、彼女は一度びくんと反応したが、またすぐに泣き始めてしまった。彼女の左手の先端は、まるくなっていて、それでも確かな堅さと、力強さが存在していた。すべすべと、それを確かめるように何度も何度も、彼は右手のあらゆる機能を使ってそこをさわりつづけている。
まるでワルツを踊るときのようだと思う。彼女の手をとり、頭に手を添え。腰ではないけれど、そこは多めにみてほしいと、彼はそんなことをぼんやり考えながら、ルイスの体温を感じていた。彼女はずっと、泣き続けている。もしかしたら声が枯れるまでわめき続けるのかもしれないが、それならそれで問題ないのだった。その先に何があるのかを、彼らふたりは知らない。


という夢をみた。目が覚めればベッドの中には沙慈ひとりしかいなかったし、彼女のぬくもりも残っていなければ、服も濡れてはいなかった。ぼんやりする頭のなかで、彼は考えている。ルイスの隣には誰か彼女を甘やかしてあげる人がいるだろうかと。
そんな人がいることを、彼は心から願っていた。彼女がひとりでなければいいと、残酷な世界をひとりきりで生きていないようにと、願っているのだった。




ささやかな祈り
(沙慈とルイス/20081005)