※小学生パロです アレルヤとハレルヤは双子 水槽のなかで泳ぐめだかたちを、アレルヤはそのふちの前に立って見つめていた。こぽこぽ、と酸素は上から下へとのぼり、ちゃらちゃら、とたえず水は循環している。細く、とがったかたちのめだかが好きだ。凛としている泳ぎをしていて、近くにいるのに高貴に感じられる。それは、ティエリアによく似ていた。めだかは、右に左にと、決められた道をすすむかのように、泳いでいる。 後ろをふりかえれば、ティエリアが椅子に座っていた。背筋をぴんとのばしたまま、何もかかれていない黒板をみつめ続けている。 「ハレルヤこないね」 ティエリアからの返事はない。ハレルヤが教室にこない理由も、ティエリアが不機嫌な理由も、両方ともなんとなくわかっていたけれど、それでもアレルヤはあえてティエリアに問う。仲間はずれは、嫌いだからだ。 「ハレルヤと何かあった?」 「‥そんなに気になるのなら探しにいけばいい」 「全く、本当は知っているくせに」 ティエリアはやはりアレルヤのほうをむかない。アレルヤはやれやれ、といわんばかりに微笑んでみせ(そういうところが、彼はひどく大人びている)、ティエリアのもとへ向かった。からだをまげて彼の顔をのぞきこむと、ひどく不機嫌そうな顔をしている。 「ハレルヤこないし、帰ろっか」 「俺はひとりで帰る」 「どうして?」 「君はハレルヤを探しにいって、ふたりで帰ればいい」 「じゃあ一緒に探しにいこう?」 「断る」 「もう、意地っぱりだなあ君は。じゃあ、今日はふたりで帰ろう」 アレルヤがそういうと、ティエリアはようやく顔をあげ、彼の顔をみた。ふたつの目は、以前ハレルヤとテレビでみた宇宙にそっくりだった。この孤独な宇宙を、彼はひとりにはしておけなかった。ハレルヤとは血がつながっている。けれど、ティエリアとは、どんなに努力したところで血はつながらないのだ。その事実は、アレルヤを何故だかすうんとかなしくさせる。 「ね?かえろうよ」 自分の黒いランドセルと、ティエリアの赤いランドセルをもって、アレルヤはドアの前へたった。ティエリアはしばらく黙っていたが、やがて立ち上がり彼のもとへむかう。めだかは凛然と泳ぎ続けている。 *** 「何の絵をかいているの?」 「ガンダムだ」 そういうと、刹那はつんと口を結んだまま鉛筆を動かす。ぐわし、ぐわしと腕をまわし、力強く紙に彼のヒーローをかきすすめる。小さな手は真っ黒になっていて、それは刹那をのぞきこむマリナをとても愛しい気持ちにさせた。 「とても強そうね」 「ガンダムは強い」 刹那がかくガンダムは力強い。かくばっていて、それでもどこかやわらかい。強くてやさしいなんて、ヒーローの特権じゃないか。刹那は絵が上手ね。マリナがそう言うと、こどもはこくりと、けれども確かに頷いた。 困ったなあ。マリナはそんな刹那をみながら苦笑してしまう。できることなら彼の芸術作品の製作をとめたくはない。けれど、そういうわけにもいかないのだ。下校時刻は近い。 「だけどね、刹那。あなたが今ガンダムをかいている紙‥これは学級日誌なの。だから今日いちにちの出来事を書き記さなくてはいけないのよ」 マリナが極力笑顔のままそういうと、刹那はようやく顔をあげ、彼女のことをじっと見つめた。意味がわからない、とでもいいたげな表情だ。昨日の沙慈くんのページをみてみましょう。そういいながら教師がページをめくると、そこには綺麗な字で昨日の出来事が書かれていた。日付、天気、欠席者、授業の内容、昼休みあそんだこと、一日の感想。そしてそれぞれの横には、マリナの美しい字が赤色で添えられている。 すると刹那は、まるではじめて気がついたというような顔をして(大方そうなのだろうが)マリナのことをみた。驚いて、途方にくれてしまいそうな表情。どうすればいい、とこどもは消え入りそうな声でおとなに問う。 「今日はまず、日誌をかいてしまいましょう。沙慈くんほど細かくなくていいわ。簡単にでいいの。どんなことがあったのか、先生に教えてちょうだい」 「わかった」 「そしてガンダムの絵は、おうちでかいてきて、明日先生にみせてほしいのだけど、どうかしら?」 そう言ってマリナがいたずらっこのように微笑み、画用紙を渡すと、刹那は決意した戦士のように頷き、力強く「ああ」と答えた。そのまま彼は手をのばし、小指をたてる。「約束だ」マリナも、小指をたて、ふたりは力強く指きりをした。刹那の指はとても小さい。 *** ティエリアは池のふちにしゃがみこんで、じいとその中をみつめている。口はかたく結ばれ、手はぐうに握られたままひざの上におかれている。前のめりになっているので、アレルヤはそれをみながらひやひやとしていた。池におちてしまうような気がしたからだ。彼はいつでもそのときがきてもいいように、隣にしゃがみながら、赤いランドセルをそっとつかんでいる。それは、ティエリアのからだには少し大きい。 池のなかにはおたまじゃくしがすいすいと泳いでいた。どうやらティエリアはそれをみているらしい。「おたまじゃくし好きなの?」アレルヤの問いに返答はない。 公園とよぶには少し小さい広場にふたりはいる。通学路の途中で、アレルヤとティエリア、そしてハレルヤはよくここに立ち寄った。とっくの昔に死んでいる偉人の住居の跡らしいが、こどもたちにはそんなこと関係なかった。木におおわれていて、薄暗いこの広場が、彼らはとても好きだったのだ。 ふいに、ティエリアのからだが前にかたむいたので、アレルヤはあわててランドセルをひいた。ティエリアは何をするとでもいいたそうな顔でアレルヤをみる。 「水の中に手をいれるだけだ」 ティエリアはアレルヤの手をふりはらうと、ゆっくりと、前かがみになりながら水中に手をいれた。ふわりとひろがる波紋は、池のはしまでひろがり、やがて消えていく。おたまじゃくしたちはなんてことないなどとでもいう風にそのまま泳ぎ続けていたが、彼が指をちゃらちゃら、と揺らせば、それらも次第に四方へ散っていった。波紋は次第に大きくなっていく。 「ついかっとなって、ハレルヤにひどいことをいってしまった」 指を水中にいれたまま、ティエリアはゆっくりと口を開いた。どうしていいかわからなかったんだ。少年は、途方にくれたように、そう言う。アレルヤはゆっくりと、息をはきだしたあと、そう、と一言だけ返した。ティエリアの顔を見ないようにしながら、彼はやはり赤いランドセルをつかむのであった。 「きっと、怒っている」 「大丈夫。ハレルヤはやさしいから、許してくれるよ」 「そんなことはない。俺はほんとうにひどいことを言った」 「僕にはわかるの。だって、僕とハレルヤは双子なんだよ?わからないことなんてないんだ。だからさ、ティエリア。ハレルヤに謝りにいこう。きっとまだ学校にいるはずだよ」 アレルヤはにっこりと微笑んだ。こういうときの対処の方法を、彼はよく知っていた。ティエリアは、まるでそのアレルヤにすっかりだまされるのかのように、こくりと頷く。おたまじゃくしは、ゆらゆらと、少しずつティエリアに近づいていたが、彼が立ち上がったことによって再び散っていった。それは、とても不思議なかたちをしている。ユニークで、なんだかすこし不気味だ。 「あっ!ちょっとティエリア!僕の洋服で濡れた手ふかないでよ〜!」 「うるさい。ハンカチを忘れたんだ」 「もう!今度からは僕のを貸してあげるから先に言うんだよ?」 アレルヤとティエリアは、そんなやりとりをすませながら、学校へと戻っていった。アレルヤの洋服で水気をふきとったティエリアの手は、自らの赤いランドセルのひもでかたく握られている。 *** 「まだ帰んねーの?」 ロックオンがあきれたように言うと、ハレルヤはゆっくりと顔をあげた。少年は、ひとりきりでタイヤに腰掛けている。そのタイヤは校庭の端にある跳び箱がわりのもののいちばん最後のそれで、彼のからだがすっぽり入ってしまうほどの大きさだった。黒い、よごれたランドセルは近くに放置してある。 「お前には関係ねーだろ」 「お前じゃなくて先生な。それに関係あるんだよ。もうすぐ下校時刻だし、大体、アレルヤとティエリアはどうした?」 「別に」 やはり、お前には関係ねーよ、と、ハレルヤはそう言ってにやりと笑った。小学生がする表情じゃないと思いながらロックオンはむかいのタイヤに腰掛ける。 おおかたティエリアあたりと喧嘩したのだろう。ティエリアはティエリアで、ハレルヤはハレルヤで難しい性格なのだ。担任のロックオンはいつだって悩まされてきた。もっとも、それはふたりと常に行動をともにするアレルヤも同じなのだろう。 「なあ、ロックオン。お前わかってるんだろ?アレルヤとティエリアがここにいない理由」 「先生な」 はあ、とためいきをついてロックオンは首をひねってみせる。どうせ、ハレルヤが喧嘩をふっかけたんだろう。「今回は何したんだ?」あきれたように、彼は笑う。 「あいつのランドセルにカエルいれてやったんだ」 「‥それはお前‥ティエリア怒るだろ‥勇者だな」 けたけたと、ハレルヤは笑う。「違うよ。それだけじゃねーんだって」ゆっくりと目をとじて、それを薄くひらいた。その目は、こどものそれである。 「あいつそのカエル殺しちまってさ」 そしたらとにかく動揺して、まあ自分のせいだと思ったんだろうな。あいつが言えるだけの暴言をはいて立ち去っていったよ。そう言って、ハレルヤはやれやれ、と言わんばかりに肩をすくめる。彼特有の笑い方をとめることはないようだ。 どうしたもんかな。ロックオンは困ってしまう。ハレルヤのいたずらはいつだって度がすぎている。ティエリアのことを深く傷つけただろう。けれど、今回の場合はきっと。きっと、この不気味な少年も傷ついているはずだ。 「‥それで、そのカエルは?」 「俺がメガネのかわりに埋めてやったよ」 ハレルヤの目線の先には、小さい小さい山がつくられていた。ひとりきりで、葬式をしたのだろう。穴を掘って、死骸をそこに寝かせ、そっと埋めたのだろう。ひとりきりで、彼は葬式をやりとげたのだ。命は大切にしなきゃいけないな。ロックオンはそう呟いてハレルヤの頭をぽんぽんとたたく。 「確かにお前は、生き物で遊んだ。それは悪いことだけど、でも、ちゃんと弔ってやったのはえらいことだよ」 ハレルヤは何も返さない。ロックオンはにこりと微笑んだあと「俺も参加するよ」といってタイヤからとびおりた。ひとりきりの葬式なんて、淋しいのだ。彼は、校庭の端からこちらへむかってくるふたつの小さな影をみて、そんなことを考えている。 *** マリナは赤ペンを片手に日誌をよみすすめている。刹那の汚いながらも力強い字を目でおい、それにひとことひとことコメントをつけたす。今日はおやすみがいなかったので先生もうれしいわ。グラハム先生はいつだってユニークね。テスト頑張りましょう。彼女はこの時間がとても好きだった。 ガラガラ、という音を響かせながら、ロックオンがドアから入ってくる。マリナの姿を目にいれると、軽く手をあげ微笑んだ。 「マリナ先生まだ残ってたの」 「日誌をよんでいるんです。先生もまだいらしたんですね」 「俺はいまカエルの葬式帰りだよ」 塩ふらなきゃね、などとおどけてみせながらロックオンはジャージ(多くの教師がそうであるように、彼らはそれを着用している)を脱いだ。ふたりきりの職員室には、のんびりとした、それでいてやさしい雰囲気が流れている。 「日誌は刹那?あいかわらず字きたねえなあ」 「ふふ、でも、男の子らしくてとっても強そうな字です。彼の好きなガンダムみたいに」 そう言ってマリナは日誌をぺらりとめくる。するとそこには、刹那が一生懸命かいたガンダムが凛然と存在していた。こすれているが、力強さはそのまま残っている。ロックオンはそれをのぞきこむと、あきれたように笑った。 「あいつ俺のテストにもガンダムかいてんだよ」 「あらあら」 「けど、かっこいい絵かくよな」 ふたりは目をあわせ、まるでこどものように笑った。 こどもとこども・おとなとこども・おとなとおとな (小学生パロオムニバス/20080812) |