ティエリアがいらついていることは、アレルヤにもすぐわかった。うなだれたようにイスに腰掛ける彼は、目の前に立ち、自分のことを見下ろしている少年をみて、薄く微笑んだ。それがさらに、ティエリアをいらつかせるということを知りながら。アレルヤはそっと手をのばし、ティエリアの髪にふれる。
「ティエリアは、僕に何も求めてはくれないのかな」
「では君は、俺に何と言ってほしいんだ」
ティエリアがそう返すと、アレルヤは手を休め困ったように―それでいてどこか批難しているような表情で―微笑む。それでも彼の手はティエリアの絹のような美しい髪に触れられていて、それはまるで人形あそびをするこどものようだった。こどもはこわい。いつだって、こわがりながら、おそれるということをしらないいきものなのだ。
「俺は、アイツのかわりにはならない」
「でも僕は彼のかわりになるよ。役不足かもしれないけど」
その瞬間、ティエリアの腹のなかをめまぐるしい勢いで光がかけぬけていった。残像はけむりをうみだし、それは彼の体内をじわじわとおかしていく。それはつまり、憤りや怒りという感覚であったのだが、ティエリアはそんなことに気がつけないほどに、感覚が麻痺していた。感情に身体がゆっくりと支配されていく恐怖がティエリアをおそう。胸倉をつかみ、なぐりかかろうとしたが、からだを動かすことはできない。お前と一緒にするな。そう言おうとして、はじめて声が出せないでいる自分に気がついた。本当に、そうなのだろうか。自分は、アレルヤハプティズムという、弱くて愚かな男と、何ら変わらないのではないだろうか。
全てを見透かしているような目をして、アレルヤは笑ってみせる。その微笑みは、ティエリアをひどく不安にさせた。
「殴りたいのなら、そうしてもいいよ」
「‥なんでも、自分の思い通りになるなんて、思うな」



うしなう
(アレルヤとティエリア)
2008.07.27