※ティエリアが 性別:ティエリア つまり両性のはなしです
苦手な方はご注意ください



するする、と自らの着衣をはいでいくティエリアを、ロックオンはベッドに腰掛けながら見つめている。
ふわふわとしたピンク色のやさしいカーディガンがなだらかな肩をすべり落ち、ズボンを脱がされた足は、白い肌があらわになった。ボタンはゆっくりと―しかし確実に―外されていく。それをただ、ロックオンは見つめていた。
どうしてこういうことになったんだっけ。彼は思い出せないでいた。ぼんやりと記憶が歪み、気がつけばこんなところまできてしまった。しかし理由など、最早どうだっていいのだ。たとえそれが、興味本位だろうが自己擁護だろうが性欲だろうが同情だろうが暇つぶしだろうが、彼は一向に構わないのである。自分がよわいということにはかわりないのだから。葛藤はとうの昔にきえている。

「ロックオン」
ティエリアが最後のボタンに手をかけたときだった。とってつけられたような薄い唇から小さな音がもらされる。ロックオンは微笑んだまま(あるいは微笑んだふりをしたまま)彼を見つめている。
「後悔しませんか?」
細い指はボタンにかけられたままでいた。ティエリアからの問いはいつだって直球だ。ここで、後悔すると返したら、一体彼はどんな表情をみせるのだろうか。少しだけ興味があったが、ロックオンはそれをそっと隠した。
「しないよ」
ロックオンは自らの指をのばし、彼のそれにそっと重ねる。つめたい手だ。
彼がティエリアよりひとつだけ利口な点があるとするならば、理解しているということだ。彼は知っている。後悔しか存在していない人生に、今更もうひとつそれが増えたところで、どうってことはないのだ。彼のまわりは、後悔という粘液でぬるぬるとかためられている。目をひらけば目に、口をひらけば口に、それはどんどんと入り込み、ロックオンのからだをおかしていく。いつか、後悔で満たされたとき、何が起こるのかを彼は知らない。(けれど、それすらも彼にとってはどうでもいいことなのだ)
「だから全部、みせて」
ティエリアの目をやさしく見つめたまま、ロックオンは最後のボタンをゆっくり外した。射殺そうとしているのはティエリアではなく彼なのかもしれない。これでもう、ふたりとも戻れないところまできてしまったのだ。


ロックオンはティエリアの肌にそっと指をはわせた。ゆるやかなカーブをえがく丘を、ゆっくりとなぞっていく。女性的な丘をなぞり終え到達した腕には男性的な筋肉がうすくついている。その身体は確かに男性のものであり、それでいて女性のものであった。あべこべな身体。ロックオンは微笑みを崩さないままそんなことを考えている。暗闇のなかでティエリアの身体が白く浮かび上がっている。世界から拒絶され、はみでている存在。ロックオンをみつめるじっとりとしたふたつの目は、まるで神のもののようでもあったし、乞食のそれのようでもあった。死んだ魚のようににごっていて、けれど透き通った宇宙のようなふたつの球体。相反するふたつのものに共通するのは、どちらも絶望を知っているということだ。
「欲情しませんか」
ティエリアは表情をかえることなく言う。「いいや」彼のいうところの欲情が何か、明確にはわからなかったがうそは言わなかった。ロックオンはまるで困ったように微笑んでみせる。彼は、そういうふりがとてもうまいのだ。
「すごく、きれいだよ、ティエリア」
すると、間髪いれずにティエリアが再び問う。
「それでは、あなたは何をおそれているのですか」

無機質な白い肌はまるでつくりもののようだった。神がつくったうつくしいこども。ティエリアのからだの中には小さな宇宙がよこたわっている。腎臓が月で、胃が木星ならば、もっぱら肺が地球なのだろう。地球は、ゆっくりと呼吸し、なだらかな丘をゆらす。ティエリアのつくりものの胸は、ゆっくりふくらみ、そして沈んでゆく。ロックオンはそこへ、自らの唇をよせた。それは畏怖の口付けで、欲情のキスであった。
「お前はこわくないんだな」
質問をすりかえるのは大人の特権である。おとなは、こどもに返事を返す暇をあたえないまま行為を続けた。ティエリアはもう何もいわない。

ロックオンはティエリアの首元をざらりと舐めたあと、そこへゆっくりかぶりついていく。ティエリアの表情は徐々に歪み、それを彼はとても美しいと思った。歯が肉へとくいこみはじめている。こうして二人は結合していくのだ。ティエリアのからだからでる液体は桃の味がするかもしれないと、ロックオンは考えている。



宇宙論
(ロクティエ)
2008.07.27