「目のなかに口内炎ができたみたいなの」
す、とのばされたルイスの指は、白い眼帯の上にやさしく置かれた。ふわふわ、とこわれものを扱うように(それでいて全くおそれる様子などみせずに)彼女はガーゼをとおし、自らの目にふれる。何にも覆われていない右目が、沙慈にはいつもより巨大化しているように感じた。ルイスの目はきれいだ。じっとりと湿っていて、それでいて絶望することなどない。
「口内炎?」
「そう。瞼の裏側にぷちっと、にきびの小さいこどもみたいなのがいるの。まるで口内炎みたいに、いるのよ。ねえ、口内炎って口の中にできるものなんじゃないの?」
片目の少女はじっと両目を持つ少年を見つめる。答えをじいっとまつ、赤子のようだった。なんてことなどない、とでもいうように視線を投げかけるけれど、つまり彼女は不安なのだ。不安で不安でしかたなく、沙慈に助けを求めている。それを全てわかりきっている彼は、自らの手をゆっくりルイスの細い手に重ねた。まるで母親が、小さなわが子にそうするように。
「ルイス」
ルイスの目は揺らぐことがない。ぴたりと静止したまま、瞳に少年をうつしている。彼女の目のなかで呼吸をする彼は、沙慈にはとても愛おしくみえた。ルイスの目をとおせば、なんだって綺麗で美しいものになってしまうのだ。彼女にはそういう魅力がある。
「それ、ものもらいっていうんだよ」
いつくしむような、やさしいその言い方。ルイスの表情は少しだけかわる。それでも、いまだ緊張しているようなので「2〜3日もすれば治るから大丈夫」と後押しすると、彼女はやっと安堵したようだった。氷がとける映像を早送りしているように、顔面から不安がきえていく。
「じゃあ、これ、口内炎じゃないのね」
最後にルイスが確かめるので、沙慈はもう一度力強くうなずいた。その途端、彼女のまわりは色がふえ、世界が鮮やかになっていく。きらきら、と輝き、花が咲き誇るようだった。
逆の場合でもそうであるように、沙慈のことばは、ルイスを幸福感でみたしていく。いつだって、そうなのだ。
「よかった!目の中と口の中がごっちゃになってしまったかと思ったから」
ルイスは笑う。沙慈もそれにつられるように、笑みを深くする。彼はルイスの笑っている顔がいちばん好きなのだ。

「そう思うと、この子、なんだかかわいくなってきちゃった」
得意気にルイスは笑う。不安が解消されたと思ったら一気に元気になっちゃって。何てかわいくて、愛おしい女の子なのだろうか。
早くよくなるといいね。沙慈は隠されたままのルイスの左目について考えている。彼はそれにあいたいと、思った。片目の彼女もかわいいけれど。



恋人
(沙慈とルイス)
2008.07.27