沙慈へ

手紙をかくの、とってもひさしぶりね。元気?スペインの夏はとても暑いです。今はカフェでレモネードを飲みながらこの手紙をかいています。テラス席はとても蒸し暑いけれど、たまに吹く生ぬるい風が私の身体をとおって、ひんやり気持ちいいです。からだの体温をさげていたレモネードも、じわじわこおりがとけています。水滴(私、コップのまわりにつく水滴、ずうっと水が汗かいていると思っていたの!何で今まで誰も教えてくれなかったのかしら?あなたも含めて!)がこの手紙にも侵食してきそうなので、いま、店員にナプキンを注文したところ。
そうやって、私は毎日を過ごしています。沙慈は、どう?日本の夏はむしあつかったと記憶しているけれど、私は夏が嫌いじゃないです。額にぴとって、髪がつく感覚がすきよ。先日、テレビで日本の特集をしている番組をみました。日本食をみんなで食べていたの。とてもおいしそうだったけれど、私は沙慈のつくる料理のほうがおいしそうだと思いました。本当に。最近は、箸を使っていないからまたお芋なんかをぽろりとおとしちゃうかもしれないけれど、またあなたの手料理が食べたいです。それと、今は暑いのでおそうめんを食べたいなあ。つるつる、と喉をとおる感覚が、最初はなんだか気持ち悪かったけれど、今はとっても恋しいです。あれは、夏にむけての日本人の世紀の大発明ね。


昨日、妙ちくりんな夢をみました。忘れないうちにここにかいておきます。
何だかとても長くなりそうな気がするわ。私の中でもまだうまく整理がつけられていないの。だから、時間があるときにゆっくりよんでね。
夢の中で私はふわふわの世界にいるの。そうね‥宇宙、だったのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。けれどやっぱりあれは宇宙じゃなかったのかな。どちらかといえば、水にゆらゆら浮かんでいる感じ。魚はいなかったので、おそらく海の中ではないと思います。そう、やっぱり水のなかにいたわ。ただ、濡れることはなかった。けれども私は液体のなかに浮いている、ということだけはわかってしまうの。不思議なんだけどね。目にふれる液体がきもちよくて、私はずっと目をあけていたわ。瞬きする必要なんてなかった。だって目は一向に乾かないんだもん。けれど、楽しいわけじゃないのよ。私はなぜかとてもかなしくて、とてもつらいの。泣き終わったあとのような‥ううん、そう、寝すぎて、寝たりてしまったあとに起きたような喪失感をかかえて、わたしはそこに浮いていた。そして、ふと気が付いたの。私はそこで、たったひとりなんだって。
すると突然あけていた目がうずうずしだして、どうしたのかなって、目に指をはわせたの。そしたら目から何かでているのよ。何だろう、と思ってそっとさわったり、もう片方の目で見ようとしたわ。どうやらそれはね、植物の芽だったの。目から芽が生えるなんて、なんだかつまらないシャレみたいね(といってもそれは日本でしか通じません。英語でもスペイン語でもそれは違うわ)。気が付けば、私の手の平からも芽がじわじわ生えてきていた。色は、きゅうりの内側のような淡い黄緑で、私はそれをとてもきれいだと思った。その芽はいつのまにかわたしの身体をつつんで、そのとき私はようやく目をとじることができたの。
再び目をあけると、そこは水中でも宇宙でもなんでもなくなってた。部屋のなかにいたの。重力もあったし、ふかふかのカーペットもひかれてたわ。もちろん、芽なんてすっかり消えてしまっていて、私はそのかわいい子(私は彼等に自分のこどものような感情を抱いていたのね)を探そうと歩き出した。そこにも、私はひとりしかいないのだけど、何故だか誰かに監視されているような気がするの。たくさんの人がわたしをみて、笑うでもなくただ傍観しているような、そういう、おぞましい感覚。お互い、干渉しないしできないけど、彼らは私にとって絶対的な恐怖だった。私はそれに負けないように、なんでもないようなふりをして、そこにたくさんあったドアのひとつを開いて、長い廊下を歩きはじめたの。そのドアを選んだのは完璧に直感よ。でも、私はそこしかないって知っていた。その廊下は、私の歩く音しか聞こえなくて、でもその音すらも直接脳に響いてくるの。つまり、その空間は無音。そこに存在しているのは、私と、たくさんの見えない監視者たちと、私の意志だけ。真っ白い廊下には窓ひとつなくて、永遠に続くような途方もない長さを、歩いていたの。
‥どのくらい歩いたのかしら。ひとつのドアの前にたどりついて、私はそれを開くべきか何もしないべきなのかとても迷ってしまった。監視者たちは私の答えを黙って待っている。けれど、もうどうにでもなれ、なんというてきとうなことを思ってドアを開いたわ。そうしたら、そのドアの先にはね、大きな水槽があって、その中で、さっきの私のようにふわふわと浮いているこどもがいるの。つやつやした白い肌をしていて、男か女かはわからないけれど、その子は確かに生きていると思った。唇も胸部も動いてなかったけれど、呼吸していたの。髪の毛は扇のように広がっていて、まるで小さいころに絵本でみかけた眠り姫のようだったわ。人のかたちをした別のものなのかもしれないけれど、それはとにかく、かわいくて、美しくて、とっても残酷なかたちなの。
少しずつその水槽に近寄って、私はそっと声をかけてみた。その声は音としては放出されないのだけれど、それは振動としてその子に伝わっていくみたい。「かなしいの?」私がそう聞くと、そのこは答える。
「最初から、ずっとひとり」
ああつまりこの子はかなしいとかさみしいとか、そういう感情を知らないのだなあと思うと、私はどうしてもこの子を抱きしめなくっちゃいけないって思って、水槽の入り口を探したわ。けれどその水槽は、上から下まで完璧に密封されていて、他の侵入も内の放出も許していなかった。仕方がないから、どうにかそれを壊そうと思って、力いっぱいたたいたり、殴ったり、蹴り飛ばしたりしてみたけど、うんともすんともいわない。汗がどんどん出てきて、まるでシャワーをあびた直後のように、びしょびしょになってしまったけれど、そこには誰も私を笑うものはいなかった。目の前のこどもも、たくさんの監視者も、行動している私自身さえも、ただ傍観しているだけなの。
私は一度作業をやめて、もういちどそのこに声をかけた。そういえば私はこの子のことを何も知らないんだもの。「お名前は?」「わからない」「そこから出ましょうよ」「必要ない」「なら私がそちらへ遊びにいってもいい?」「何故?」こどもからの、はじめての疑問だった。もう私は、この子がいとおしくて仕方がなくなってしまって、こう答えたわ。
「何故って、あなたってばとっても美しくてかわいくて、あまりに清潔なかたちをしているから、口づけてあげたくなっちゃうのよ」
そうして私が、その子にするように、ゆっくり水槽に唇をよせた途端、その水槽は突然小さく収縮をはじめたのよ。ずずず、と、何かに吸い込まれるかのように、どんどん小さくなっていくの。そのスピードは、とてもゆっくりなようで、早いように感じられた。とにかく、まるで落下するようなのよ。私はもう、とにかく驚いてしまって、水槽をぺたぺたさわったり、どんどんたたいたりして、どうにかしてその子をそこからだそうとするんだけど、うんともすんともいわなかった。収縮していく途中の過程で、水面はゆらゆらゆれている。そして、もうほんとうに、最後‥吸い込まれる直前にね、その子はゆっくりと目をひらいたわ。きれいな金色で、輝いていた。夕日のような、さみしい色。そしてその子はね、確かに、口をひらいてこういったの。
「世界は、あなたが思っているよりも、ひどく残酷なもの」

私が目覚めたときの感想をききたい?それはそれは、とってもおだやかな気持ちだったわ。おだやかだけど、私のなかの水面はゆらゆらと揺れていて、どこかで動揺していた。ベッドから起き上がって、コップに水をいれ、それを自分の体内に押し流すまで、私は私じゃないような気さえしていた。そんな気分だったの。
夢だというのはわかっているけれど、私はあの子を探しにいかなきゃいけないのだと思う。探して、抱きしめて、頬に口付けしてあげなくっちゃいけないの。そして、こうやって言うのよ。「そんなの知ってるわ」「でも、君の世界はきっと美しいものになるでしょうね」って。
決断のときがせまっているような気がするの。


店員はすっかりナプキンのことなど忘れているようです。見ればイスに座ってのんびり新聞なんて読んでいます。仕方ないわね、なんていっても今日は暑いから。レモネードを飲んだけれど、すっかりぬるくなっていました。まるで自分の体液をのみこんだようよ。もしかして私たちは、はちみつとレモンでできているのかも、なんてね。今日はこの後、髪の毛を切りに行こうと思います。かわいくなる私がみたいでしょう?私も沙慈に会いたいわ。近いようで、やっぱりスペインと日本は遠いわね。だけど、仕方ないことだから。
たとえどこにいても、私たちはきっとつながっているわ。同じ空をみるように、同じことに泣くように、世界が連続性をもつように。それでは、また手紙をかきます。沙慈もかいてちょうだいね。お元気で。さようなら。

ルイス



Long Love Letter
(ルイスから沙慈へのてがみ)
2008.07.27