博物館へ足を向けたのは、本当にただの気まぐれで、暇つぶしになればいいか、くらいにしかロックオンは考えていなかった。刹那と一緒だったのも、偶然にすぎないし、一緒に行くかという問いかけに少年がこくりと頷いたから、いま隣を歩いているのだ。
ロックオンも刹那も、ただ、ぼんやりと館内を歩いていた。たいして混雑していない館内で、特に何かについて深く考えるわけでもなく、目から情報を取り入れ、脳内に蓄積せずに、ゆっくり流していく。どの展示物も、別け隔てなくそれを繰り返していった。こういう場所にくるのは初めてだといっていた刹那も、特にものめずらしそうに見つめる、というわけではなく、ロックオンと同様の行動を繰り返している。退屈ではあるが、嫌な種類のそれではなかった。ロックオンは、博物館に流れる、ふるいもの特有の時間が嫌いではない。
そういう、のんびりとした観覧だったので、同じペースで歩いていたはずの刹那がぴたりと足をとめたとき、ロックオンは心底意外だった。刹那が見つめるのは、遠い国で偶像崇拝に使われていたという像だった。切れ長の細い目と、ゆるやかなカーブを描く体つき。説明書きを読めば、木製だという。うつくしい指だな、とロックオンは思った。しかし彼はそれ以上の感情を抱くことはない。
「これが気になるのか、刹那」
「…ああ」
刹那は問いかけに答えるが、目線をその像から移そうとはしない。斜めにかけられた布は、ロックオンの母国の神とよく似ていた。結局、どこの神だって一緒なのだ。姿かたちは違っても、人間は依存し、いいように利用する。
「お前は、神なんて信じていないんじゃなかったのか」
「信じてないのではない、神は不在だ」
「そうかい」
ならどうしてそれに惹かれるんだ?ロックオンは尋ねるかわりに、自らもその像を見つめる。うっすらと開かれたその目は、全てを悟っているようでもあったし、途方にくれているようでもあった。刹那がそれに触れようとゆっくり手を伸ばすが、薄いガラスの壁に阻まれてふれることができない。ロックオンは何も声をかけずに、刹那をじっと見つめている。少年はしばらくガラスにぺたりと指をはわせていたが、やがてゆっくりと手を離した。届かないのだ。どんなに手をのばしたところで、絶望的に離れた距離が、両者には存在していた。

「…なんとなく、母親に、似ている気がしたんだ」
帰りの車内で刹那がゆっくりと口を開く。博物館でみた像の話だろう。ロックオンはちらりと刹那を見るが、すぐに視線を目の前に戻した。刹那は窓にもたれかかったまま、ロックオンへ顔を見せようとはしない。つまりそれは、見るな、という一種の拒絶なのだ。
「けど、やっぱり、違っていた」
そのまま刹那は口を開くことをやめた。車内には、控えめに音楽が流れている。それは二人を包み、そしてゆっくりと沈んでいく。
刹那のことを、考えていた。わがままで、どうしようもないこどもだと、ロックオンは思う。拒絶しているのに、こうやって甘えてこられたら、お兄さんはどうしたらいいんだい?
アクセルを少し強めに踏み、車のスピードをあげた。答えはとうの昔にわかっている。わかっているのだ。



答えはすでに知っている
(ロックオンと刹那)
2008.04.14