ティエリアは愕然とした。ヴェーダのターミナルユニットの中で少女が笑っていて(ありえない)、更にその少女はそこへ普通に侵入したと笑みを深めるのだ(ありえてはいけない)。 「あなたがヴェーダの子ね」 んふふ、と少女は笑う。そのかわいらしい動作は、ティエリアをひどく不愉快にさせた。挑戦的な目つき、頬に散るそばかす、ゆるやかなカーブをえがく口元。ネーナを構成する全てが、ティエリアにとっては無意味で、それでいて絶対的な悪である。しかし、それでも彼が不快感を表に出せなかったのは、ただ単純に混乱していたからだった。何故、どうして。どうして、彼女を受け入れてしまったのだろうか。ヴェーダはもっと、高貴であるべきなのだ。 「いいなあ。髪、さらさらなんだね。私は見ての通りのくせっ毛でさあ。いやになっちゃうよ」 ネーナの手がティエリアの髪をつまむ。決して力は入っていないが、彼女のふれたところから、全てが腐り消えていってしまいそうだった。ネーナはその笑みを休めることはない。 混乱したティエリアは、ネーナの手を振り払うことも、口を開くこともできない。彼の頭の中には、ヴェーダと、己と、少女だけが存在していた。ヴェーダは、ティエリアの混乱など無視するように、いつも通りそこに存在している。あかい光は、ティエリアではなく、ネーナのことを、照らし出していた。 「顔もすごく美人だし、身体も細いし、あ、肌もすべすべ!」 うらやましい!そう言うとネーナはティエリアの頬に自らの手をはわせた。彼女はティエリアの全てを手にいれたいと思う。自分の美しさを自覚していないわけではなかったが、それでも、彼女は完璧につくられたティエリアの全てを、我が物にしたいのだ。それはまるで、ないものねだりをするこどものように。けれど、彼女は、彼になりたいとは思わない。ネーナは、つよいもの以外はすきではないのだ。 「そして、マイスターの中でいちばん弱くてさ」 ヴェーダ。ティエリアはこころのなかでよびかける。ヴェーダからの返答はない。たすけて、ヴェーダ。空間が、ぐらりと揺れるような錯覚をおぼえる。世界が、こわれてゆく。ティエリアの目は不安に揺れていた。ネーナはそれをじいっと見つめる。きれいな水晶玉。とりだしたら、何色なのだろうか。白い肌は舐めるとどんな味がするのだろうか。髪を焼けば何色に輝いて燃える?それらの疑問は、彼女をひどく興奮させた。そしてそれ以上に、ネーナは完璧につくられたものを破壊するとき、とてつもなく巨大な高揚感を覚えるのだ。まるで魔女のように、こうして彼女はひとつずつ美しくなっていく。ネーナは微笑んだまま、ティエリアへとどめをさすために、そっと耳打ちした。さようなら、かわいそうなヴェーダのこども。 「君、おんなのこみたいだね」 うつくしい獣 (ティエリアとネーナ) 2008.04.14 |